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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)138号 判決 1998年3月31日

新潟市新田219番地1

原告

渡辺工業株式会社

同代表者代表取締役

渡辺郡治

同訴訟代理人弁理士

牛木護

岸本孝

同訴訟代理人弁護士

吉田耕二

神奈川県藤沢市湘南台1丁目1番21

被告

元旦ビューティ工業株式会社

同代表者代表取締役

舩木元旦

同訴訟代理人弁理士

島田義勝

水谷安男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成7年審判第12091号事件について平成9年3月24日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「建築用板材」とし、別紙第一図面に記載されている態様によって構成される、登録第604074号意匠(昭和55年7月1日意匠登録出願、昭和58年4月18日意匠権設定登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

原告は、平成7年6月8日、本件意匠登録を無効とすることについて審判を請求し、平成7年審判第12091号事件として審理された結果、平成9年3月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は、同年5月8日、原告に対し送達された。

2  審決の理由の要点

(1)ア  本件意匠は、意匠登録原簿、願書及び願書に添付された図面の記載によれば、意匠に係る物品を「建築用板材」とし、その形態を別紙第一図面に示すとおりとするものである。

すなわち、本件意匠の形態は、一定の断面形状で長手方向に連続する板材において、端面視(右側面図参照)、板面部を、平坦面と上向き傾斜面とにより形成されるものとし、板面の両端部に、相互に組み手構造をなす、右側凸状の折曲部と左側コ字状の折曲部を形成する構成とするものである。

そして、構成各部の具体的な態様については次のとおりである。

(ア) 右側凸状の折曲部

板面の平坦部の端部から、まず斜め上方に折り返してから垂直に折り下げて山型の突起部を形成し、続いて、その山型部の下先端部を左側方向に向けて延設し、平坦面と略平行になるように二つ折りに折り重ねた直線状の水平突起部を形成し、その先端を更に折り返して、小さな倒U字状鈎部を形成したもの

(イ) 左側コ字状折曲部

板面の傾斜部から緩やかに下降傾斜して、内側へ開口する略コ字状の折曲部を形成し、このコ字底辺を僅かにへ字状に屈曲させ、先端部を上面に小さく端折りしたもの

イ  これに対し、昭和48年12月6日発行の昭和48年特許出願公開第95022号公報の第六図及び第七図には、「長尺屋根瓦」の意匠(以下「引用意匠」という。)について記載されており、その形態は別紙第二図面のとおりである(なお、別紙第三図面は、別紙第二図面を拡大して明確にしたものである。)。

すなわち、引用意匠の形態は、一定の断面形状で長手方向に連続する板材において、端面視(第六図参照)、板面部を平坦面とし、板面の両端部に、別材の取り付け片を介して、相互に組み手構造をなす右側逆L状の折曲部と左側台形山型状の折曲部とを形成する構成とするものである。

そして、構成各部の具体的な態様については次のとおりである。

(ア) 右側逆L状の折曲部

平坦な板面の端部を、上方に折り上げてから密接して折り下げ、続いて、その下端部を、隅丸状に屈曲して、内方へ向け平坦面と平行になるように延設して、水平状部を形成し、その先端部を下面に小さく端折りしたもの

(イ) 左側台形山型状の折曲部

平坦な板面から上方へやや大きな台形山型状に折曲し、続いて、その下端部を内方に折回して、板面と平行になるように延設し、先端部を上面に小さく二重に折り返して端折りしたもの

(2)  そこで、本件意匠と引用意匠とを比較すると、

ア 本件意匠は横葺き屋根板、引用意匠は縦葺き屋根板であり、ともに、長尺の葺き屋根板であって、意匠に係る物品が一致する。

イ 形態については、両意匠とも、一定の断面形状で長手方向に連続する板材において、板面部の両端長手方向端部に、相互に組み手構造をなす右側折曲部と左側折曲部を形成する構成が共通する。

ウ 他方、両意匠は、次のとおりの、構成各部の具体的な態様において相違する。

(ア) 板面について

本件意匠の板面は、平坦面と上向きの傾斜面とから形成されているのに対し、引用意匠の板面は、平坦面のみである点

(イ) 右側折曲部の態様について

本件意匠は、それを、略凸状とし、折上げ折返し部を、内部に空間を有する山型の凸折曲部とするとともに、その下に水平突起部を形成し、その下面には倒U状鈎部を形成するものであるのに対し、引用意匠は、それを、略逆L字状とし、密接して折り上げ折り返す垂下部から、水平状部への屈曲部を丸溝状とし、先端部を短く下面に端折りしているものである点

(ウ) 左側折曲部の態様について

本件意匠は、それを、略コ字状とし、板面の下面内方に開口し、コ字の底辺をへ状に屈曲するものであるのに対し、引用意匠は、やや大きな台形山型状として、板面の下方に開口し、台形の下端を内方に折回するものである点

(エ) 相互に組み手構造をなす(イ)、(ウ)の左右両側折曲部の係止態様について

引用意匠は、取付け片を介して使用されるものであるのに対し、本件意匠は、取付け片を必要としないで使用されるものである点

エ そこで、これらの共通点と相違点を総合し、両意匠を全体として考察すると、

(ア) まず、両意匠の共通点とした、一定の断面形状で長手方向に連続する板材について、板面部の両端長手方向端部に、相互に組み手構造をなす折曲部を形成するという構成は、この種建築用の屋根板材、構成板材等において至極普通にみられる構成態様であって、何ら特徴あるものとはいえず、この共通性のみをもって、両意匠の類否判断が左右されるものとは認められない。

(イ) 次に、両意匠の差異点のうち、板面についての差異は、両意匠のそれぞれの態様が新規なものとはいえず、また、本件意匠の平坦面と上向き傾斜面とから形成される板面の面形態が、本件意匠のみの特徴とは評価できないものであることを考慮すると、この点は、両意匠の全体の類否を決定付ける程のものと断定することはできないとしても、その差異は、屋根板材あるいは構成板材中央の広い面積部分に傾斜面の有無となって表れ、変化ある面形態をなし、板面自体としては、別異の印象を与えているところである。

(ウ) また、両意匠の右側折曲部の差異についてみると、

a 本件意匠の折上げ折返し部は、内方に空間を有する凸山状とし、その下方の水平状部の下面にはU字状の鈎部を有するものであり、これは、この折曲部全体が、他方の左側折曲部と係止、係合するためのバネ空間を有する態様としたことによるものといえる。

これに対して、引用意匠の折上げ折返し部は、密接板状として、その下方の水平状部の先端部を下面に端折りしたものであり、これは、この折曲部が、取付け片と嵌着すべき密接した垂下部を有する態様としたことによるものと判断されるところである。

b ところで、通常、板材が、連接する折曲部において、別材の取付け片を介して使用される場合には、その両端折曲部の形態は、必然的に取付け片との係止、係合の機能的関係によって制約を受ける形状となっているものである。

本件における両意匠の折曲部も、そこにおける係止、係合が、取付け片を介してなされるものであるか否かという結合方法の如何によって、基本的かつ技術的機能的な差異が生じるものであり、更に、その帰結として、その折曲部の形状においても、著しい差異が生じるものである。

c そして、取付け片を介さないで使用される本件意匠の右側折曲部の形態は、従来見られないものであってみれば、ここには、本件意匠の創意が表れているところである。

(エ) 次いで、左側折曲部の差異についてみると、

a 板面の下面内方に開口した略コ字状折曲部の態様も、板面の下方に開口したやや大きな略台形状の折曲部の態様も、新規な特徴ある態様とはいえないものであるが、本件意匠においては、その態様は、板面から下降傾斜して、略コ字を形成し、右側端部の折曲部全体と係止、係合するものであり、他方、引用意匠においては、板面から上方に大きく台形山型状の突起畝を形成して、右側折曲部と取付け片とを大きく包み込み、係止、係合するものである。

b したがって、両意匠は、その係止、係合の態様の差異のみならず、ここに形成される折曲面形状、折曲部の大きさ等において、著しい形態の差異があると認められるものである。

(オ) 以上によれば、板面部と、その両側端部の折曲部とにより形成される両意匠は、その構成各部のそれぞれの形状について著しい差異があり、これらの差異が相俟った効果は、もはや、前記共通点を凌駕して、両意匠を別異のものとするに十分であるというほかはない。

したがって、引用意匠は、本件意匠に類似するものということはできない。

(3)  したがって、本件意匠については、意匠法3条1項3号に該当するものとすることができないので、本件意匠を無効とすることはできない。

3  審決を取り消すべき事由

「審決の理由の要点」のうち、(1)、(2)ア、イ、ウ(ア)ないし(ウ)、エ(ア)は認める。

同ウ(エ)は否認する。

同エ(イ)のうち、両意匠の板面についてのそれぞれの態様が新規なものとはいえず、本件意匠の、平坦面と上向き傾斜面とから形成される板面の面形態が、本件意匠のみの特徴とは評価できないため、両意匠の板面についての差異が、両意匠の全体の類否を決定付ける程のものとはいえないことは認め、その余は否認する。

同エ(ウ)a、(エ)aは認める。

同エ(ウ)b、c、(エ)b、(オ)は否認する。

同(3)は争う。

審決は、本件意匠及び引用意匠が、板面及び左右折曲部の差異によっても看者に対し異なる美感を与えるものではなく、類似するものであるにもかかわらず、上記差異により類似しないと誤って判断したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

(1)  板面の面形態の類否について

本件意匠の板面は、平坦面と上向きの傾斜面とから形成されており、引用意匠の板面は、平坦面のみから形成されているが、それぞれの態様が新規なものとはいえず、本件意匠の上記板面の面形態が、本件意匠のみの特徴とは評価できないものであることを考慮すると、上記板面の面形態の差異は、両意匠全体の類否判断を決定付ける程のものと断定することはできない。

すなわち、本件意匠の基本的構成である横方向に連続する長尺の板材の板面部を、平坦面と上向き傾斜面とにより形成されるものとし、板面の両端部に、相互に組み手構造をなす右側凸状の折曲部と、左側コ字状の折曲部を形成する構造は、この種の建築用板材においては広く知られた態様のものといえるため、形態上の特徴として特に取り上げる程のものではなく、類否判断を左右する要部とはなり得ないものである。

したがって、本件意匠の板面の形態がその出願前に広く知られていることを看過し、両意匠の板面が別異の印象を与えているとした審決の判断は、誤りである。

(2)  右側折曲部及び左右両側折曲部の係止態様の類否について

審決は、両意匠の右側折曲部の差異について、「引用意匠は、取付け片を介して使用されるものであるのに対し、本件意匠は、取付け片を必要としないで使用されるものである点」において差異があり、「その帰結として、その折曲部の形状においても、著しい差異が生じる」としている。

しかしながら、この種の建築用長尺板材の取付け方法は、横葺き、縦葺きを問わず、施工する屋根の野地板面上に上記板材を置き、この板材の右側折曲部の上に、「吊り子」と呼ばれる取付け片を所定間隔を置いて被せ、吊り子の野地板に当たる水平部を鈎又はビスで止め、次に、別の板材の左側折曲部(コ字状)の差し込み片を、右側折曲部の、板面と折り返し片との間から圧入して取り付ける(別紙第四図面参照)ものである。このように、取付け片たる吊り子を介さずに、相当重量の長尺板材を取り付け、保持することは不可能であり、このことは、当業者にとって常識的なことである(そのため、別紙第一図面の「使用状態を示す参考図」における記載は、単に、取付け片を省略したに過ぎないものと解される。)。

したがって、本件意匠の右側折曲部の形態について、それが、取付け片を介さないで使用されるものであり、そこに創意が表れているとした審決の判断には、重大な誤りがある。

なお、両意匠においては、右側折曲部の水平状部の下面に倒U字状の鈎部が存在するか否かについても差異が認められるが、本件意匠の類似意匠として登録された意匠の態様にも、この倒U字状の鈎部が存在しないことを勘案するならば、この点は、両意匠の類否判断の要部とはならないものというべきである。

また、被告は、本件意匠において使用される吊り子と、引用意匠に用いられる取付け片とは、技術的な機能、具体的な形状構造、意匠としての形状がまったく異なるから、審決にいう「取付け片」は、「吊り子」の意味ではなく、引用意匠の「取付け片」(押圧兼用取付板9)の意味であって、審決は、本件意匠において、上記「取付け片」の使用が想定されない旨を述べたものであると主張する。

しかしながら、本件意匠の出願当時、吊り子を使用する建築用板材は多数存在し、吊り子は周知のものであったから、審決が、上記「取付け片」を使用しないことをもって「従来見られないもの」と評価することはあり得ない。更に、吊り子には、「ピース状吊り子」だけでなく、いわゆる「通し吊り子」と呼ばれる長寸の取付け部材もあり、「通し吊り子」の場合には、形態上、引用意匠の「取付け片」(押圧兼用取付板9)とまったく異なるという程の差異を有するものではない。

(3)  左側折曲部の類否について

両意匠の左側折曲部も、本件意匠の出願前に、この種の建築用板材において広く知られた態様である。そのため、板面の下面内方に開口した略コ字状折曲部の態様も、板面の下方に開口したやや大きな略台形状の折曲部の態様も、いずれも新規な創意ある態様とはいえず、別異の印象を与える程に相違するものではないから、類否判断を左右する要部とはなり得ない。

したがって、両意匠については、この点においても著しい形態の差異があるとした審決の類否判断には、重大な誤りがある。

(4)  以上(1)ないし(3)の全体を総合しても、本件意匠と引用意匠とは類似しないものとすることはできない。

(5)  したがって、本件意匠と引用意匠とは、その美感を異にしないものというべきであり、両意匠を非類似のものとした審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由の要点)の事実は認める。

2  同3(審決を取り消すべき事由)は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  板面の面形態について

本件意匠は縦葺き屋根板であるのに対し、引用意匠は横葺き屋根板であり、両意匠は、その点において本質的な差異がある。

そして、審決は、両意匠の板面の差異について、「それぞれの形態が新規なものとはいえ」ないにもかかわらず、「板面自体としては、別異の印象を与えているところである。」と認定しているのであって、審決の判断は、原告の主張するように、「本件意匠の板面の形態がその出願前に広く知られていることを看過し」てなされたものでないことは明らかである。

意匠の類否判断は、基本的構成態様と具体的構成態様の観察を行い、両者の差異点を明らかにした上で、要部すなわち看者の注意を引く部分を認定し、両意匠が要部において共通性を有するか否かを中心に検討した上で、両意匠が看者に対し異なる美感を与えるか否かを総合的、全体的に観察してなされるものであり、このことに鑑みれば、審決の判断はきわめて妥当である。

(2)  右側折曲部及び左右両側折曲部の係止態様について

原告は、本件意匠においても、引用意匠と同様に、「吊り子」と呼ばれる取付け片を用いて、左右両側折曲部を係止するものであるから、本件意匠の右側折曲部の形態について、それが、取付け片を介しないで使用されるものであり、そこに創意が表れているとした審決の判断は、誤りであると主張する。

しかしながら、引用意匠に用いる取付け片は、屋根の軒棟方向の下地材に取り付ける、屋根板奥行き寸法に等しい長寸の部材であり、一方、本件意匠に用いる吊り子は、橫葺き屋根板に対し、左右方向に所定間隔(約45センチメートルないし55センチメートル)をもって下地材に取り付けられる、小さな爪形の固定部材であって、両者は、技術的機能、具体的な形状構造においては勿論のこと、意匠としての形状においてもまったく異なっている。

そのため、審決に記載の本件意匠の「取付け片」とは、当業者がいう「吊り子」ではなく、引用意匠の「取付け片」、すなわち「押圧兼用取付板9」のことであると解され、本件意匠の右側折曲部の形態に関する審決の上記判断は、引用意匠の取付け片を本件意匠に使用することができるか否かについて言及したものと解すべきである。

なお、横葺き屋根板の係合、固定に際しては、必ず吊り子が用いられている訳ではなく、本件意匠のような「ピース状の吊り子」を使用する施工法のほか、吊り子を使用せずに、ボルト、釘等の固定具を用いて直接下地材に固定する方法等、吊り子を用いない施工方法もいろいろ存在する。

そして、本件意匠の要部は、右側折曲部の形状、すなわち「天狗のお面を側面からみた形状」にあり、この点は、審決が、「本件意匠の創意が表れているところである。」と認定したとおりである。

したがって、審決の、両意匠における右側折曲部及び左右両側折曲部の係止態様の類否についての判断も、妥当なものというべきである。

(3)  左側折曲部について

意匠の類否判断は、前記(1)のとおり、意匠が看者に対し異なる美感を与えるか否かを意匠全体としての観察によりなされるべきものである。

したがって、両意匠を全体として観察するにあたり、左側折曲部の著しい差異点を類否判断に加えたからといって、審決の認定に誤りがあるはずはなく、原告の主張は失当である。

(4)  そして、本件においては、基本的には、屋根板単体のみの形態の観察、すなわち、本件意匠の右側面図と引用意匠の正面図との対比観察を基本とし、かつ、本件意匠の要部である右側折曲部と、引用意匠の右側折曲部との対比観察を行った上で、更に全体を観察して意匠の類否を判断すべきであり、それによると、両意匠の形態については著しく異なっていることが明らかである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1及び2の各事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、本件意匠及び引用意匠が、意匠に係る物品及びその形態をそれぞれ審決記載のとおりとするものであること、両意匠に係る物品が同一のものであること、両意匠の形態について、審決記載のとおりの共通点と相違点(ただし、ウ(エ)を除く。)が存在すること、そのうち、両意匠の共通点についての構成態様が、この種建築用の屋根部材、構成板材等において普通にみられる態様であり、特徴のあるものとはいえないため、それが、両意匠の類否に影響を及ぼすものとはいえないことについても、当事者間に争いがない。

したがって、両意匠の類否については、両意匠の上記相違点に基づく美感の差異に関わることになる。

2  そこで、この点に関する原告主張の審決取消事由について検討する。

(1)  板面の面形態について

ア  両意匠の板面についてのそれぞれの態様が新規なものとはいえず、本件意匠における、平坦面と上向き傾斜面とから形成される板面の形態が、本件意匠のみの特徴とは評価できないものであることについても、当事者間に争いがない。

イ  しかしながら、意匠を構成する一部分が、既に知られている形態を示すものであるとしても、そのことから当然に、その部分が、意匠の類否判断に影響を与えることがないものとすることはできず、その部分が、当該意匠全体からみて意匠的なまとまりを示し、看者の注意を引くものと認められるときは、その部分についても意匠上の要部にあたるものと認めることが可能である。

また、本件意匠の看者の範囲としては、意匠に係る物品の性質上、この種物品の取引に関与する業者(流通業者、物品を用いての建築に従事する建築請負業者等)のほか、建物の建築工事の注文主等の需要者も、それに含まれるものというべきである。

そして、本件意匠に係る板材の板面においては、その中央部を長手方向に沿って折り曲げた形態を示し、傾斜面が板面の全面に渡って長手方向沿いに表れるものであることを考慮するならば、本件意匠に係る板面形態は、上記アの事情を考慮しても、なお、看者にとって注意を引き付けられる部分(要部)にあたるものというべきである。

原告は、審決は本件意匠の板面の形態がその出願前に広く知られていることを看過した旨主張するが、審決はそのことを考慮した上、なお両意匠の板面の形状の差異が看者に別異の印象を与えると判断していることは前記審決の理由の要点2エ(イ)に照らし明らかであって、審決がこの点を看過したとはいえない。

ウ  そうすると、引用意匠の板面は、審決認定のとおり平坦面のみであるから、本件意匠と引用意匠とにおける板面の形態の相違は、看者に対し印象の違いをもたらし、意匠の美感に影響を与えるものというべきである。

したがって、両意匠の板面形態の差異について、別異の印象を与えるとした審決の判断には誤りはないものというべきである。

(2)  右側折曲部及び左右両側折曲部の係止態様について

ア  審決は、両意匠の右側折曲部について、「引用意匠は、取付け片を介して使用されるものであるのに対し、本件意匠は、取付け片を必要としないで使用されるものである」点において差異があるとし、それにより、両意匠の右側折曲部の形状について著しい差異が生じ、その形状に本件意匠の創意が表れているとする。

しかしながら、本件意匠に係る板材についても、「吊り子」と称される固定部材を用いて、屋根の下地に固定されるものであることは当事者間に争いがなく、また、「吊り子」が固定部材である以上、審決にいう「取付け片」に含まれるものと解すべきことは、審決の記載内容からみて明らかである。

なお、この点について、被告は、本件意匠に係る「吊り子」と、審決にいう「取付け片」とは異なるものであると主張するが、上記のとおり、審決の記載内容からみて、上記主張は採用できない。また、被告は、本件意匠に係る板材は「吊り子」を用いずに使用することが可能であるとも主張するが、その主張内容に鑑みても、上記板材については、「吊り子」を用いるのが本来の使用方法であることが明らかであるから、上記主張も失当である。

そうすると、審決が、両意匠の右側折曲部及び左右両側折曲部の係止態様の差異を判断するにあたり、本件意匠に係る板材において、「取付け片」を用いないものであるとしたことは誤りであり、それを前提とする本件意匠の構成態様についての認定も誤りであるといわざるを得ない。

イ  しかしながら、両意匠の右側折曲部の形状自体が審決認定のとおり相違する(別紙第一及び別紙第二、第三参照)ことについては、前記1のとおり当事者間に争いがなく、また、両意匠の右側折曲部は、意匠に係る板材の左側折曲部と係合される部分であるから、当然、建築業者等の看者の注意を引き付けるものであり、その構成態様は、看者に対し強い印象を与えるものと認めるのが相当である。

そうすると、両意匠における右側折曲部の形状については、意匠の要部に該当するものであり、その形状の違いは大きいものと認められるから、上記形状の差異は、看者に対し、異なる美感を与えるものというべきである。

ウ  したがって、両意匠の右側折曲部の構成態様について、異なる印象を与えるものとした審決の認定については、その前提において上記の誤認があるものの、結論において、誤りはないものというべきである。

(3)  左側折曲部について

ア  本件意匠と引用意匠の左側折曲部の構成態様について、それが特に新規なものといえないことについても、当事者間に争いがない。

イ  しかしながら、意匠を構成する一部分が新規な形態を有するものでないとしても、そのことから当然に、その部分が意匠の類否判断に影響を与えないものと断定することができないことは、上記(1)イに説示のとおりである。

そして、これを、両意匠における左側折曲部についてもみるならば、両意匠に係る板材がいずれも左右両側折曲部を係合して使用されるものであるため、上記折曲部における意匠部分も看者の注意を引くものであることは、上紀(2)イにおける右側折曲部の意匠部分の場合と同様というべきである。

更に、両意匠の左側折曲部の構成態様が審決認定のとおり相違するものであることは、前記1のとおり当事者間に争いのないところであり、その形状の相違内容に鑑みるならば、上記構成態様が看者に対し異なる印象を与えるものであることも明らかである。

ウ  したがって、両意匠の左側折曲部の構成態様について、互いに異なる印象を与えるものとした審決の認定判断にも、誤りはないものというべきである。

(4)  そして、以上のような、両意匠の相違点に係る構成態様が、看者に対して与える印象の差異を総合するならば、それらが、両意匠の共通点に係る構成態様により生じる印象を凌駕するものであって、看者に異なった美的印象を起こさせることが明らかであるから、両意匠は、その美感を異にするものというべきであり、本件意匠は、引用意匠に類似しないものと認めるのが相当である。

したがって、審決が、両意匠について、全体として類似するものではないとしたことに誤りはないものというべきである。

3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

口頭弁論終結の日 平成10年2月24日

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙第一 本件登録意匠

意匠に係る物品建築用板材

説明 この意匠は正面図において左右にのみ連続するものである。

左側面図は右側面図と対称にあらわれる。

<省略>

別紙第二

<省略>

図面の簡単な説明

第6図及び第7図は瓦本体を平面状としその膨出部を角型とした長尺屋根瓦のを示す第2実施例で第6図はその接続状態の斜視図、第7図は接続部だけの正面図である。

(1)…長尺瓦本体、(2)…一端膨出部、(3)…一方の接続片、(4)…係止用の上向き凸条、(5)…他端水平板、(6)…起立部、(7)…他方の接続片、(8)…係止用の下向き凸条、(9)…押圧兼用取付板、(10)…裏面層、(11)…押圧片、(12)…取付片、(13)…釘止め杆、(14)…止め釘。

別紙第三

<省略>

別紙第四

<省略>

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